八百八橋に代表されるように、水の都は、大阪の代名詞でもあった。
だがその水も、道路や暗渠にとって替わられ、我々が目にするわずかに残る水も、
あまりに汚れ、全てが澱み、流れていないように見える。
今の大阪そのものである。全てが、汚れて澱んでいる大阪から、
再び、清らかに流れる大阪をとり戻す。
水は、万物の命の源でもあり、清と濁、流れと澱みが共存する。
そこには、全てのものを清らかにするイメージがある。
この場所には、水のようなイメージがふさわしい。
水の都<大阪>の再生である。
しかし、
汚れた水に、綺麗な水を注いでも、水は綺麗にならないし、
澱んだ水を、いくらかき回しても、水は流れないのである。府や市の策定した、大阪の再生戦略には、こうした汚れた部分を直視するのではなく、
言わば「臭いものにはフタをする。」的な考えで、新産業とか国際化などと
聞こえがいい綺麗な部分ばかりで、再生を図ろうというものが多い。
しかし、それでは今までの繰り返しであり、問題の先送りでもある。大阪が全国に対して突出しているものの中で、注目すべきものが三つある。
1つは、廃棄物の量である。
次に、ホームレス・失業者の数。
そして、オフィスの空室率である。この三つを同時に解決することを考えれば、新たな大阪再生の可能性が開けるのではないか。
共通していることは、いつからか大阪はいろいろな<材>を使い捨てし続けてきたと言う事だ。
大阪は、次から次へと新しいものだけに手を出し、そのツケが回ってきている。今回の提案対象区域への提案は、このエリアだけでなく、関西全体のことを考え、
低迷を続ける大阪全体を対象とした、循環型社会のモデルとすべきである。
単なるエネルギーや、モノだけのリサイクルでなく、
街全体をリサイクルするためのモデルであり、そのベース基地とすべきである。
|